ワシントンナショナル・ギャラリーは、アメリカの首都ワシントンD.C.に位置し、
1941年開館、年間500万人が訪れる。
アンドリュー・メロンのコレクションと、一般市民からの国への寄贈に
よるものである。12万点の作品中400点が印象派。
印象派とは、フランス革命(1789年)以後、ブルジョワジーが台頭し、19世紀前半、
産業革命による社会の変革がなされた。
それまでの絵画というと、王様や貴族のためのもので、描く内容も、聖書・神話・歴史上
の物語が主。しかし、近代化によって、一般市民が裕福になり、絵を買い求めるようになった。
そのため、絵画の価値観も変わり、描く対象が、身近な風景・人物・生活など、目に見える世界、
家に飾って心地よいものへと変化していく。
屋内から屋外での制作へと変わり、
☆チューブ入り絵具の発明 ☆自然の�犖�″�狢腟ぁ別犬粽砲派�景がかすむ)″の表現
☆�狃峇屐蹐鬚箸蕕┐襦�
時間によって移り行く�犇�の色″�牾い凌А蹐鬚箸蕕┐榛酩覆�あったが、作品名を忘れた。
エデュアール・マネ(1832~1883)が、印象派を切り開いたひとである。
挑発的なテーマで、古典作品を研究。大胆な色彩使いで�犢�″を多用した。
<オペラ座の仮面舞踏会>1873年
正装の紳士たちが、今夜のお相手らしき女性たちと楽しそうにしている。
黒のコントラストと窓から飛び出している足に注目。
絵画空間の革新である遠近法は、2次元(平面)から奥行感へ、また、
写真にはできないこともめざした。マネの作品<鉄道>1873年 は、
青のコントラスト、蒸気にかくれて見えないもの、ふつう、ひとつの絵画で、
ひとつの課題を投げかけているものだが、この作品は、複数である。
印象派の特色として、�犖�″�狄А蹲狃峇屐蹉� 筆触分割
パレットでまぜず、直接カンヴァスに色を重ね、タッチをおいていくことによって
リアリズムを表現する。写真にできないことをする。そして、浮世絵の影響も受けている。
クロード・モネ<日傘の女性、モネ夫人と息子>1875年
今回展示の全作品中、最も素敵だと思った絵画。瞬間振りかえったモネ夫人。逆光の光の美しさ。
よくこれだけ油絵で表現できたかと驚くばかり。写真ではできない。
同じくモネの<ヴェトゥイユの画家の庭>1880年
ひまわりの小道にモネの息子。屋敷までの奥行き感とひまわりの影が印象的だった。
ピエール・オーギュスト・ルノワール<踊り子>1874年
踊り子、実際はモデルだが、衣装に筆触を重ねているのが素敵。
印象派からポスト印象派へ
ポスト印象派とは、1910年、イギリス人ロジャー・フライが命名。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、印象派の成果を受け継ぐだけでなく、乗り越え、
新しい絵画を目指した画家たち。ジョルジュ・スーラとポール・シニャックは、
絵画に光学的視点(スペクトル)を導入した。
そのスーラの<オンフルールの灯台>1886年 は、�狹隻繊蹐�特長。
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、貴族の出身である。
パリの風俗を描き、退廃的世界を表現、浮世絵の影響あり。
ロートレック <アンバサドゥールの粋な人々>1893年
アンバサドゥールというのはカフェだが、向かいあった男女や
全体的なぼんやり感に�狢倏僉蹐魎兇犬襪里�わたしだけ?
ポール・セザンヌは、印象派を乗り越えた画家だ。
<赤いチョッキの少年>1888年~1890年
<「レヴェヌマン」紙を読む画家の父>1866年
ぼんやりタッチによって形ができることに、不満を感じたセザンヌは、
堅固な形態と構図・実体感を追求した。
ポール・ゴーギャンも不明確な輪郭を明確にした画家である。
そして、固有色にこだわり、激しい筆触(タッチストローク)による感情の表現
・・・あの著名すぎる天才画家で展示は終わる。
フィンセント・ファン・ゴッホ<薔薇>1890年
退院真近に描かれた作品。緑と赤の組み合わせで、緑が印象的だ。
ピンク色があったが退色してしまった。
<自画像>1889年
ゴッホの着ているものと背景の色Blueは神聖。病み上がりで顔はグリーンだ。
しかし、ゴッホの表情には、画家としての誇りと強い意志が感じられる。
山田五郎さんの解説です。
西洋絵画はこれを読んでから鑑賞しよう。