
DL3512 バッファロー ~ ニューヨーク
2:23PM 3:50PM

近年は、なんでも自主的に行うシステムになっているのである。
デルタ航空端末のところへ行き、パスポートをスキャン、チケットを発券後、
カウンターで荷物を預ける。Voyage.
今回この旅程を組んでくれたのは、いつもお願いしているIACEトラベルニューヨーク支店。
日本の旅行会社では組めない旅程で、なおかつ、お手頃価格だった。
機内で、隣は、これからニューヨークまでJob Interviewに行くという女の子だ。
見たところ、フレンチアメリカン。かつて、自分も彼女のように、グレイハウンドバスに乗り
ワシントンDCからニューヨークまで、面接に行った。
あの時の自分を見た気がした。
翌日午後、マンハッタンで、仕事のアポイントがあった。ランチタイム、CafeMetroで、
サンドイッチをほうばっていると、次第に、かつてのニューヨーカー感覚がよみがえってきた。
仕事の話が終わると、辺りはすっかり暗くなっていた。疲れたので、そのまま家路についた。
ダウンタウンへ行った。かつて、住んでいたEastVillageへ向かった。
�犒�政の神様″でお話した初代ニューヨーク市長御出没Churchは、
セント・マークス・イン・ザ・パワリー教会だ。
マンハッタンのユーレイスポットとして、ハロウィーン頃になると、その話でもちきりになる。
写真の中でも、″Four centuries ago・・″と、集って隅の方で、話をしているのが見られる。
ベニエーローズも、しゃぶ辰も、サッポロイーストも、14丁目の24時間体制眼科もすべて健在だった。
かつて住んでいたアパートの前に立った。激動の世紀末をここで過ごしたのだ。感無量だった。
初出勤した日の太陽の眩しさ、今でもよく覚えている。
当時、アメリカはバブルに沸いていた。後からやって来たうさぎが、プレイボーイ社に
就職が決まったと、蝶ネクタイを締めて、わざわざ挨拶にやってきたのもここだ。
あれ以来、うさぎの消息をえない。
ところで、日本のガイドブックによると、EastVillageの一部が危険区域に入っているようだが、
ニューヨーカーのみが知る最も危険な区域をお教えしよう。
それは、ブルックリンにあるイーストニューヨークだ。
誰もこの地区の警官にはなりたがらず、「とんでもないところ」だそうだ。次点は、
ベッドフォードスタイブサンド、そしてジョン・F・ケネディ空港の北西部と続く。
いずれも、ブルックリン内にある。
タイムズスクエアに行った。今年の年末もカウントダウンが行われる。ここでは、
ブロードウェイミュージカルチケットも販売している。わたしも、何本か観賞したが、
今から12年前、2000年に観たミュージカルといえば、
ジーザス・クライスト・スーパスターだ。
PlanNYCをご存知だろうか?2007年にリリースされ、
環境問題に熱心なブルームバーグ市長が着手した環境プロジェクトである。
経済を強化し、気候変動と闘い、ニューヨークライフの質を高めることが目的。
�‥效� �⊃� �8鯆� �ぅ┘優襯�ー �ザ�気 �Φじ�変動の6部門に分かれており、それぞれに、
2030年までの達成を目指す細かいゴールが定められている。詳しくは、
nyc.gov/planyc2030のwebsiteをご覧ください。
確かに、比較すると緑が増えているし、自転車が多くなった。
掃除も行き届いていて、街がきれいだ。
きれい好きのジュリアーニ市長の時よりもきれいになったようだ。
写真の、緑色の自転車専用レーンは、ガーメントディストリクトにある。
この地区では、Made in USAの洋服が作られており、脇に入ると
生地やボタンを売る古いお店がある。
あのタウンゼント・ハリスもこの地区の出身だ。
イエローキャブや市バスもハイブリッドになってきているようだし、
リサイクル素材のお店もできている。
最後は、グラウンドゼロに向かった。ここに来なければならない。
慰霊碑のあるところに入場するには、サイトで日時を予約する必要があり、
VeseyStreetの窓口で、911VisiterPassを受け取る。
ところで、今回の旅、100年に一度の大型ハリケーンサンディに遭遇した。
ダウンタウンは停電し、お店はすべてクローズ。VisiterPassをサイトで予約したものの、
窓口は、営業しておらず、入場することはできなかった。
仕事は無事済ますことができたが、視察はほとんどできていない。でも、
いつでも訪れようではないか。ここは、わたしの第二の故郷なのだから・・・。
Made in USAの洋服は、殆どが、マンハッタンの
ガーメントディストリクトで製造されています。